MOTアニュアル

東京都現代美術館、という美術館が、台東区にあります。なんか、いろんな地下鉄の駅から行けるんだけど、どの駅からも遠い、っていう、なんとなく現代美術の立ち位置をそのまま現しているような美術館です。失礼か。去年、うさぎスマッシュという展覧会に行ったのを書いたかもしれないけど、今回はそれに続き、二回目のMOTでした。あ、MOTっていうのは東京都現代美術館の略らしい。よくわかんないんだけど。

MOTアニュアル2014フラグメント、っていう若手作家を集めた展示を見ました。はいってすぐ、高田安規子さんと高田政子さんという2人組のアーティストの作品があって、面白かった。まず、小さな軽石に、円形競技場や凱旋門の彫刻を施した作品があった。大きなスケールのものを、小さいスケールにしてしまうということの、違和感を覚えた。ただ、日常で使うものである軽石を使い、その違和感を増幅させようと試みたのなら、軽石っていまはもうほとんど使わないものだから、あまりうまくいってないと思った。あと、庭園迷路、という写真の作品も好きだった。岩やレンガについた苔に、小さな小さな迷路(遊園地にあるやつを上から眺めたようなやつ)を掘っている作品だった。異なるスケールを自在に行き来しているような感じがした。
宮永亮、という人の作品は、『WAVY』という映像作品だった。アトラクションに乗っているような感じがした。夢を見ているようだった、と言っていいかも。いろいろな場所の、いろいろな時間の、いろいろな風景が出てくるが、切り貼りといった印象が残らないのは、すべてが実写で、普段何気無く眺めることのある風景ばかりだったので、全部ぼくの脳みそのなかで勝手に繋がってくれたのだとおもう。
青田真也の作品は、ふだん何気無く使っているボトルやらビンやらをヤスリで磨いた作品だった。磨かれたものは、ぼんやり優しい色使いになる。ぼくの予想では、天国の家で使われているボトルやビンはあんな感じだと思う。天国では成分表示やパッケージなんてかんけいないし、だいいち、みんなの生前の記憶を頼りに作られた世界なのだから、あのくらいぼんやりしているのがふつうだろう。
福田尚代というひとの作品は、繊細なかんじがした。原稿用紙から、マス目だけをくり抜いて複数枚並べている『残像:筏』という作品が、梯子みたいに見えて面白かった。原稿用紙のマス目をくり抜くとハシゴのようになる、というのは新たな発見だ。他にもけしごむや本を使った作品があって、文学的な、詩的なモノが好きな人にはおすすめしたい。
吉田夏奈、というひとの作品は、自然が大きなテーマだったと思う。ぼくは美術の素人なので、やはり作品を作る(あるいは描く)技術にばかり目がいってしまって、どうも色の乗せ方が雑だなあ、などと感じてしまった。作者の意図が海やジャングルや、あるいは地球の内部に向いていることはよくわかったんだけど、どう作品にして見せていくのか、ということがよくわからなかった。でも、『ポテトインテリア』という作品は、将来広い家に住んだときに置きたいとおもいました。
パラモデル、という2人組ユニットの作品、模型的なものへの執着を感じた。地下鉄の構造図みたいなのが壁一面に貼ってあって、どの駅も他の駅と繋がっていた。言ってる意味わかるかな。地下鉄って、たしかに、駅と駅は繋がってるんだけど、そのあいだは真っ暗で、線だから、地上の駅ほどその間を埋めるものがリアルじゃないな、とおもった。ちなみに全部関西の駅でした。関西のアーティストらしい。林泰彦さんという方は実際にスペースにいて、巨大な作品が制作されている最中でした。もうひとりの中野裕介というひとは、もっと思索を促すような作品で、ぼくはそちらのほうが好みでした。なにか哲学的命題について考える時に、それを目の前にすると、ヒントが隠れているような。そういう、思想のそばに置いておきたい芸術作品って、荒川修作が思い出されるんですけど、そんな感じでした。

ちょっと、iPadで書いたので誤字とか多いですけど、勘弁してください。それでは、また!